式場についてのあれこれ

水子供養は母の心の供養

私が流産をしたのは、妊娠10週に入ったばかりの時でした。
「切迫流産の恐れがある」と医師に告げられ、9週目から入院をしていた私は、重く苦しい子宮の痛みと、9度を超える高熱、そして強烈な恐怖心に苦しみました。
必ず子供は助かると信じていましたが、やはり10週目の朝にトイレで自分の胎盤を手にすることになりました。
知りたい方は愛知 水子供養ご覧ください。

 

流産したらどんな悲しいだろうと思っていましたが、現実はショックが大きすぎて涙ひとつ出ませんでした。

 

しかし、本当に苦しんだのはそれからです。

 

「なぜ、子供は死んだのか。なぜ・・なぜ・・なぜ・・。」
答えのない疑問だけが頭に残り、何度も何度も
「あれがいけなかったのか、これがいけなかったのか」
と、正解のない答えを出し続けていました。
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退院後、死んだ子供の為に出来ることはないかと考え、訪れたのは近所の水子を供養する神社でした。
最初は現実を認めたくなくて、入るのをためらいました。
まずは岐阜 水子供養検索を。
でも、
「子供の魂が天国にいけるよう、手を合わせよう」
と主人に言われ、神社の中に入りました。

 

神社には沢山のぬいぐるみやお菓子が置いてありました。このお供え物の数だけ苦しみがあるのかと思うと、はじめは辛くなりました。
しかし、手を合わせると
「残念だけど、もう何度悔やんでも、子供は戻ってはこないのだ」
と感じました。そして、
「それならば、私が出来るのは、子供のことを思い出したときに、苦しんだり泣いたりするのではなく、あなたがお腹にいるとき、本当に幸せだったと思ってやることではないか」
と感じました。
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と、いうのも私には持病があり、そのことで母が悔やんで泣くのが病気以上に私にはつらかったからです。
笑って思い出してあげるのが一番の供養ではないか。
そう、手を合わせたときに感じ、母親として強くなろうと決心することが出来ました。
水子供養とは、子供の供養です。
どうしよう!愛知 送骨ここから検索。
そして、母親の心の供養でもあります。
母は、水子供養によって、認めたくない現実をしっかり受け入れ、強く前へ歩き出せるのだと思います。

 

母は強し。